「ならば良い。無駄な意地で悲しませるなよ?」
「もちろんでございます」お嬢様はお優しい方ですので。傷を与えるような事はしたくありません。「ふん、竜の気持ちなど、やはり分からんの」その言葉に出来るだけ茶目っ気を込めて、スカートを摘まみ、深く腰を下ろす臣下の一礼を持って応えてみせる。それは単純明快。「愛、でございます」◇■◇■◇ お師様と別れ、お嬢様の部屋に向かう道すがら身体の芯にある感覚を感じ取ります。あやふやなものでなく、明確な6感。呆れ気味のお師様には煙に巻くような回答をしたものの、こればかりは仕様がありません。好きとか嫌いとか、繋ぐとか繋がないとか、そんなものではありません。この人でないと有り得ない。この人だからこそ。そんな感覚。竜でなければ分からぬ感覚でしょう。この原始的欲求、本能にさからう同種はほぼ皆無ではないでしょうか?「運命、なのでしょうか」小さく言葉に出してみて、到着したお嬢様の部屋のドアをノックする。「……はぁ~ぃ」靄がかかったような生返事が、部屋の中から返ってきます。その可愛らしさにどうしても破顔しますね。「失礼致します、お嬢様」室内の様子を半ば想像しながらドアを開けてみると、予想に違わぬ光景が飛び込んできました。締まりきっていないカーテンから差す朝日が、部屋の主を起こさんと眩く主張しています。しかし整然と片付けられた几帳面な部屋の奥、天蓋付のベッドからは関係ないとばかりに静かな寝息が聞こえてきます。鼻をくすぐる甘やかな匂いに胸の奥を高揚させられながら、ベッドサイドに近づきます。「ふふ」時々、こういう日があるのです。お嬢様は基本的に朝に強く、だらしのない場面はあまり見かけません。ですが夜遅くまで本を読んでいたり、何かに夢中になると時間を忘れる傾向があります。そんな日はさすがに朝寝坊をするのが決まりなのです。もちろん、お嬢様の安眠を妨げるなど愚の骨頂。心ゆくまでお休みになられて欲しいのですが、この一時を楽しむのがわたくしの心の洗濯になるので仕方なし、というところです。実際お役目でもあるのですが。不純な動機を隠してわたくしは心を鬼にして仕事を遂行します。「朝ですよー、お嬢様」レースの仕切りをめくり、お姫様よりお姫様らしい少女の眠るベッドに侵入します。枕を抱え込み、銀糸を散りばめてあどけない寝顔を浮かべる、おとぎ話の妖精を発見しました。真っ白い頬には童女のように温かな血の色が差しており、触れては溶けてしまいそうな小さな唇は桜色に色づいています。その口から小動物の鳴き声のような可愛らしい声が漏れています。「ん~、あさ……じゃない……」イヤイヤと顔を振るお嬢様、可愛すぎです。「しかしお嬢様、朝と言うものは今であり、今こそが朝でございます」「あさ、ふかすぎぃ……」「お嬢様、朝ごはんはリン様と一緒に食べるのが決まりでは?」「ぅ」瞼は未だ開かないものの、ちょっと眉間に皺が寄って唸るお嬢様、可愛すぎです。責任感、という言葉はお嬢様にこそ相応しいと思います。「食べた後、もう一度眠れば良いではありませんか」本当はあまり良くはありませんが、正論だけで生きては人間詰まらないのです。無駄と欲望こそが人生を彩るのだと、わたくしは思います。「ん~、んん~~」頷いてはいるものの、決心はつかない様子です。とても可愛い。世界を敵に回しても、わたくしはお嬢様の安眠を守りたい。妨げているのもわたくしですが。「さあさあ、お嬢様。起きないといっそのことキスしてしまいますよ?」「きす……たべたい」キス、食べたい?どういう意味でしょう。言葉通り噛みつくということでしょうか?さすがに噛まれるのは御免ですが、お嬢様が仰るのならそれも辞さない覚悟はございます。「主の要求に120%応えて見せるのがわたくしの忠義。では……」片手で髪を押さえて眠るお嬢様に顔を近付けます。見ようによっては夜這いならぬ朝這いのようで、エクレア様に見咎められようものなら大変な事になるでしょう。そこは言い訳の2,3用意しておりますが。本当にお嬢様は、罪なお方です。「むにゃ……おねえちゃん」「……」停止しました。そして蕾のように可愛らしい鼻を摘まみます。次いで、口もそっと手で抑えます。「ふぁっ!?」みるみる顔が蒼くなったお嬢様がお目覚めになられました。「おはようございます、お嬢様」目を白黒させて半身を起こしたお嬢様はわたくしを確認して要領を得ないという顔をされています。「お、おはよう……イリア?」「朝でございます」「朝……ですね」
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